今回は大手ハウスメーカーに新卒入社してから4年間従事した現場監督時代のつらく危険なエピソードを綴ります。

このエッセイは過去に連載し書籍化された中から読み切り可能な部分を抜粋したものです。

近隣に超ヤバイ人がいる難物件?!

現場監督4年目を迎え、私は相変わらず難しい物件やVIP物件に追われ過酷な日々を過ごしていました。

入社3年目で早くも優秀現場監督賞を受賞した私でしたが…
いつの間にか中盤くらいの成績まで下がってしまいました。

そんなある日、私は課長に呼び出されました。

<課長>
「トラジロウ君、ちょっと面倒くさい物件なんだけどね。
裏にヤクザが住んでいて…、一応、表向きは工務店なんだけど実際は開店休業状態みたいなんだよね。
でも今回のお客さんが自分のところで建てないってことで…インネンを付けてきて難しい状況なんだ。」

<私>
「またですかっ?!
私が今、担当中の品川の物件だってお客さんは超クレーマーだし…
そもそも300㎡もあるのに今月中なんて絶対無理っすよ!
この上またヤクザ…?!…っとか絶対無理です!
私がもし刺されたりしたらどうしてくれるんですか?」

<課長>
「なんとか頼むよ~、係長も課長代理も結構顔に出ちゃうタイプだから…
ヤクザを逆上させちゃうとホントまずいんだよ~…。」

<私>
「こういう時こそ課長がやってくださいよ!
申し訳ないですけど役職手当も危険手当も一切無しで今まであり得ないような物件をやってきてんですよ!
ちょっと理不尽ですよね?」

<課長>
「トラジロウく~ん、またまた~、そんなこと言わないでよ~」

と、結局、時間のムダだし、逆に課長とのやりとりの方がめんどうくさいんで…
私は覚悟を決めてその赤い管理台帳を引き受けました。

通常、管理台帳は水色でしたが、難しい物件は赤い管理台帳になっていました。

ヤクザと土佐犬

担当の営業所長と一緒に、まずは現地へ行きました。

ちなみに…本来の担当するはずの営業マンは、隣のヤクザにインネンを付けられて相当ビビッてしまったようです。

精神的にも病んでしまったようでして…
遂に会社にも来なくなってしまったため、やむを得ず営業所長が対応していました。

さすが、これこそ上司の正しい姿です。

それに比べて…私の上司のダメ課長は本当にダメダメです…。
今日こそは絶対に同行させようと試みましたが、案の定、くだらない理由を付けて逃げてしまいました。

現場に到着した私と営業所長。まずはあいさつをしようとヤクザの家の前に行くと、

なんと… 

ゴッツイ土佐犬が…、4匹も!

<私>
「営業所長っ!さすが結構ヤクザっすね…。
…こういう感じで来るか~。これはかなりテゴワそうっすね。」

<営業所長>
「だろ~。いや~、ブッチャケ…トラジロウが担当してくれて良かったよ!
君のところの役職者たちは正直ヤバイからね~。余計混乱しちゃうよね~。」

と、まあ営業所長もよくわかってますよね。

しかし、雑談をしている暇もないので早速インターフォンを押してみました。

いざっ!ヤクザの家に潜入か?!

インターフォンを鳴らしてしばらくすると…

<ヤクザ>
「オウッ!!やっと来たか!
そこのカメラでお前らの事は全部見えてるぞ!」

とインターフォン越しに野太い声が聞こえました。

<私>
「はじめまして、工事責任者のトラジロウと申します。施工管理課の現場監督です。
本日はごあいさつとご自宅の状況をしっかりと撮影させていただきに参りました。」

解説しますと…

近隣トラブルは大なり小なり日常茶飯事です。
われわれ建築をする側は、近隣でもお客様でも基本は現金で解決を模索することはしません。

「金を払った」という前例を作ってしまうと、今後あらゆるシーンでお金を要求されてしまうからです。

当然、「あのハウスメーカーはトラブルになると金をしぼり取れるぞ!」ということになってしまいます。

これから始まる工事で、仮にヤクザの家に何か支障があったらマズイわけです。
そのため事前に現況の写真を撮りまくっておくのです。

例えば、「既存の大きなひび割れ等は後で文句を言われても証拠として出せるように工事前に全て撮影しておく」といった具合です。

ところで…

このヤクザ宅は道路から敷地へ入る間に立派な鉄格子の門扉があります。

その門扉を開けて敷地内に入ると玄関まで幅3mくらいの敷地内通路を7mほど歩いて玄関があるのですが、その幅3m弱の敷地内通路には…

ゴッツイ土佐犬4匹がヨダレを垂らしてコッチを見ています。

もう一度インターフォンを押します。

<ヤクザ>
「オウッ!!どうした?!門のカギは開いてるから早く入ってこいよ!」

<私>
「すみません…大きなワンちゃんたちが…こっちを見てて怖いんですけど…。」

<ヤクザ>
「ああっ?!大丈夫だ!コイツらはイイ人には嚙みついたりしねえ!
ただし悪い奴には容赦しねえからよ!気をつけろよ!」

情況を解説しますと、門扉を空けて中に入った場合、ゴッツイ土佐犬たちがいるわけです。

クサリで繋がれてはいるものの、クサリはかなり長めです。

土佐犬たちの反対側、塀沿いギリギリを横歩きすれば、たとえ土佐犬が襲ってきたとしてもクサリが私に届かない可能性はなきにしもあらずです。

しかし、結構いい感じの長さで調整されていて、ギリギリ大丈夫か、やられるか…絶妙な長さです。

そして、私にはもう一つ大きな不安がありました。

仮に、クサリが私に届かないとしても、そのクサリの基となっているのは地面に打ち込んでいるだけの直径10センチくらいの木杭です。

もし、土佐犬が本気で暴れたら、このクサリを止めている木杭が抜けてしまう可能性があります。

まあ…心配事はつきませんが…
本当に危険だったらさすがにヤクザも止めるだろうと腹を決めて、

<私>
「わかりました。じゃあ…こ、これから入りま~す!」

<ヤクザ>
「おうッ!、オマエ勇気あるなあ!
何度も言ってるけど悪い奴には容赦しねえ奴らだからな!心して来いよ!」

ということで、恐る恐る門扉を開きヤクザの敷地内に踏み込みました。

一番体の大きい、ボス犬(?)が早速寄ってきて、私に向かって激しく吠えて来ました。

しかしクサリはギリギリ届きません。あと50cmくらい長いと届いてしまうギリギリのキワドサです。

もっとも恐ろしかったのは、例のクサリを止めている木杭が、土佐犬が激しく吠えるたびにミシミシとシナって折れそうで抜けそうだったことです。

とにかくメチャクチャ怖かったです…。
リアルサファリパーク状態です。

もし、こんなアトラクション(?)をこのヤクザがしっかり考えていたとすれば(鎖の長さとか抜けそうで折れそうな木杭の演出とか…)、
絶叫系アトラクションのディレクターにでもなったほうがいいんじゃないか?と思ったほどです…。

多分、このヤクザは土佐犬やクサリやこの木杭を含めた外構計画のトータルコーディネートを完璧に計画していたと思われます。

こうやって激しく恐怖感を煽ってお金を巻き上げようとしていたのでしょう。

結局、無事に家の中に辿り着きましたが、メチャクチャ嫌な汗をかきました…

家の中に飾られた極太の横綱と日本刀

ようやく家の中に侵入はしたものの、私も営業所長もヘトヘトに疲弊していました。

しかし…不敵な笑いを浮かべるヤクザに対しては毅然とした態度で臨まないといけません。
そのため冷静な面持ちで建物調査兼撮影を行っていきました。

まず驚いたのは、居間に飾ってある土佐犬の横綱です。

いくら土佐犬が大きくても
「こんなゴッツイ横綱を巻いたら身動き取れないんじゃないか!?」
と思うような極太の化粧綱です。

ということは、あの土佐犬たちは実際に本物の闘犬だったのでしょうか?
玄関に飾ってあった日本刀(本物かどうかは不明)よりも目を引きました。

こういう感じで、常に威圧的な脅しのツールがあれこれ散りばめられていて、ヤクザの相違工夫が感じられます…。

文章で伝えるのは限界があるので今回は土佐犬のことしか書いてませんが、実際は他にも恐ろしい出来事が多々ありました。

結局、その後もいろいろあって、営業所長とヤクザ宅を離れたのは夜10時過ぎでした。

現場監督(施工管理)の仕事まとめ

現場監督をやっているといろいろなコトがあります。
特に東京23区内はメチャクチャ大変です。

工事の音がうるさかったり通行止めに腹を立てた心無い近隣や通行人から、
「テメエが現場監督か?すぐ工事止めろ!ぶっ殺すぞ!!」
といった風に、わけもなくカラマレルこともしばしばありました。

施工管理には、こういった近隣や顧客とのトラブルやクレーム対応が多々あります。
さらに…夏場は酷暑の中、一日外で棟上げ工事対応やサウナ状態の屋根裏に入っての点検調査、
冬は極寒の中、早朝から現場作業、台風時は暴風雨の中、足場やシートの保全など…

いろいろ条件が厳しいためか現場監督業務はあまり人気がありません。

私が転職活動をしていた時は、転職サイトからのオファーで現場監督や施行管理系の仕事が相当数来ました。
おそらく、私が60代になっても施工管理なら転職、再就職は全然大丈夫でしょう。

しかし、私は現場監督も建築の設計業務も今後基本的にはやるつもりはありません。

今回の「隣がヤクザの物件」も最終的には、持ち前のコミュニケーション能力を発揮して何とかヤクザとの関係をギリギリまで保ち、無事引渡しまで持っていきました。

そして、この件でまたしてもムダに私の評価は上がってしまいました…。

「これからヤクザがらみの物件はトラジロウ君の担当だね!」

などと、フザケたことをヌカシテいるダメ課長に殺意を抱いたということは言うまでもありません。(冗談です)

以上、数ある私の現場監督(施工管理)時代のエピソードの中で、最も危険な現場でした。

【完】