「もっと頑張れ」

営業の世界では、よく言われる言葉です。

契約が取れない。

だったら、もっと電話をかけろ。

もっと訪問しろ。

もっとお客様を追いかけろ。

もっと商談しろ。

もちろん、努力は必要です。

私自身、住宅・建築・不動産業界で30年以上仕事をしてきましたが、決して楽をしてきたわけではありません。

現場監督、設計、住宅営業、リフォーム、管理職、ホームインスペクション。

いろいろな立場を経験してきました。

住宅営業では、厳しい競争の中で仕事をしていた時期もあります。

しかし、長く営業の世界を見てきて、今ははっきり思うことがあります。

「頑張ること」より先に、「どこで頑張るか」を考えた方がいい。

ということです。

私は、すべての営業マンが同じやり方で戦う必要はないと思っています。

話がうまい人。

人に好かれる人。

数字に強い人。

技術に強い人。

紹介をもらうのがうまい人。

初対面のお客様と距離を縮めるのがうまい人。

社内の人間関係を作るのがうまい人。

営業マンにも、それぞれ得意なことと苦手なことがあります。

だったら、

自分が一番勝ちやすい場所で戦えばいい。

私はずっと、そう考えてきました。

後になって知りましたが、こうした考え方には「ランチェスター戦略」と呼ばれるものにも通じる部分があります。

ただ、私は営業マン時代に難しい戦略論を研究して、この考え方にたどり着いたわけではありません。

むしろ逆です。

現場で負けたり、怒られたり、失敗したり、時にはうまくいったりしながら、

「強い人と同じことをしていても、自分は勝てないな」

と気づいていったのです。

「弱者」とは、能力が低い人のことではない

ここでいう「弱者」という言葉は、

「仕事ができない人」

という意味ではありません。

営業の世界では、どんなに優秀な人でも、相手や状況が変われば弱者になります。

たとえば、住宅展示場に配属された新人営業マン。

隣には20年選手のトップセールスマンがいる。

商品知識も違う。

経験も違う。

紹介客の数も違う。

社内での信用も違う。

お客様との会話の引き出しも違う。

その新人が、

「今日からトップセールスマンと同じ条件です。契約率で勝ってください」

と言われても、簡単ではありません。

だったらどうするのか。

私は、

相手より劣っている部分を全部埋めようとするのではなく、自分が勝てる部分を作った方がいい

と思っています。

私はこれをよく、

「20点を50点にするより、90点を100点にした方がいい」

と考えています。

もちろん、仕事をするうえで最低限必要な能力は身につけなければいけません。

しかし、苦手なものをすべて克服して、何でもできる人間になろうとしたら、時間がいくらあっても足りません。

私は料理が得意ではありません。

掃除も得意ではありません。

方向感覚なんて、本当にひどいものです。

でも、人と話すことは昔から好きでした。

人の話を聞くことも苦になりません。

住宅について何時間話していても、それほど疲れません。

建築の現場も知っています。

設計も経験しました。

施工管理も経験しました。

だったら私は、

苦手なことで勝負するより、

自分の経験と、人と話す力と、住宅の技術を組み合わせた方がいい。

それでいいと思っています。

「好きこそものの上手なれ」という言葉があります。

私は仕事でも、かなり当たっていると思います。

営業成績は「契約率」だけでは決まらない

営業というと、

「契約率の高い営業マンが優秀だ」

と思われがちです。

もちろん契約率は大切です。

しかし、私はそれだけでは営業の実力は分からないと思っています。

なぜなら、

そもそも案件がなければ、契約することはできないからです。

サッカーで言えば、どんなに優秀なフォワードでも、センタリングが一本も上がってこなければシュートを打てません。

営業も同じです。

商談がなければ、クロージングもできません。

住宅営業をしていた頃、私は何度もこれを見てきました。

案件をたくさん持っている営業マン。

案件がほとんどない営業マン。

同じ会社の営業マンでも、この差は非常に大きい。

しかも、単純な案件「数」だけではありません。

案件には質があります。

予算が十分にある。

建築時期が具体的に決まっている。

土地も決まっている。

自社の商品を気に入っている。

競合が少ない。

こういうお客様もいれば、

「家は建てたいんですけど、予算は3,000万円です」

というお客様に対して、その会社の商品ではどう考えても5,000万円近く必要になる、ということもあります。

後者を一生懸命追いかけても、契約できる確率は高くありません。

ところが、営業マンに案件がその一件しかなかったらどうでしょう。

追いかけてしまうんです。

本人だって、本当は分かっています。

「これは厳しいな」

と思っている。

でも、他にお客様がいない。

会議では、

「今月どうするんだ」

「どの案件を追うんだ」

と聞かれる。

だから、可能性の低い案件でも追わざるを得ない。

私は以前、リフォームの営業をしていたとき、ファミリーレストランで何度も会う年配のお客様がいました。

大きなリフォームを検討しているという話でした。

ところが、なかなか家には呼んでもらえない。

何度会っても、ファミリーレストラン。

冷静に考えれば、

「この案件、本当に進むのかな」

と思います。

でも、その頃の私には案件が少なかった。

だから追うんです。

上司からすれば、

「それ、本当に見込み客なの?」

という話です。

私だって分かっているんです。

分かってるよ。でも客がいねえんだよ。

営業の現場には、こういうことが本当にあります。

「見込みの薄い客を切れ」だけでは、営業マンは救われない

営業の本を読むと、

「見込みの薄いお客様を追うな」

「不適格な見込み客を早く切れ」

と書かれていることがあります。

私は、この考え方自体には賛成です。

限られた時間を、契約可能性の高いお客様へ使った方がいい。

合理的です。

でも、現場で営業をやっていると、一つ問題があります。

切った後に追うお客様がいなければ、切れないんです。

ここを無視して、

「見込みの薄い客は切りましょう」

と言われても、営業マンからすれば、

「それは分かってる。でも、その人を切ったら案件ゼロなんです」

となります。

だから私は、

「見込み客を切る技術」

より先に、

「見込み客を選べる状態を作る技術」

が必要だと思っています。

案件が2件しかなければ、2件とも追います。

しかし20件あったらどうでしょう。

全部を同じ熱量で追うことはできません。

だったら、

Aランク。

Bランク。

Cランク。

と、自分なりに整理することができます。

予算。

建築時期。

競合。

資金計画。

決定権者。

自社との相性。

契約確率。

契約した場合の金額。

必要になる時間と労力。

いろいろな条件を見ながら、

「この案件は追う」

「これは少し距離を置く」

「これは今のうちにお断りする」

という判断ができるようになります。

つまり、

案件数が増えると、営業マンはお客様を選べるようになる。

そして選べるようになると、勝率の高い案件に時間を集中できる。

結果として成績が上がる。

成績が上がると、社内外からまた案件が集まる。

私は営業には、こういう循環があると思っています。

「良質な打席」を増やす

野球にたとえるなら、私は営業成績を「打率」だけで見ません。

何回打席に立てたのか。

どんな球が来たのか。

そこまで見なければ、本当の営業力は分からないと思っています。

私はこれを、

「良質な打席を増やす」

と考えています。

100回打席に立てれば、その中から自分が打ちやすい球を選べます。

しかし、1回しか打席がなければ、

どんな球でも振りにいきたくなる。

これは住宅営業でも同じです。

だから優秀な営業マンを見ていると、単に「話がうまい」だけではありません。

なぜか案件が集まる人がいます。

住宅展示場から案件を取るのがうまい。

紹介をもらうのがうまい。

社内から案件を回してもらえる。

不動産会社と関係を作っている。

住宅相談サービスなどから案件が入る。

過去のお客様から紹介される。

社内のスタッフから、

「このお客様なら、あの人に担当してもらいたい」

と思われている。

入り口はいろいろあります。

私は、これも立派な営業力だと思っています。

営業力とは、お客様の前で商品を説明する能力だけではありません。

「自分に商談の機会が集まる状態を作る力」も営業力です。

人に好かれることも「案件獲得力」になる

私は住宅営業時代、社内外のいろいろな人と関係を作ることを大切にしていました。

これは、偉い人にゴマをするという意味ではありません。

受付の人。

事務の人。

設計担当。

現場監督。

不動産会社の担当者。

住宅展示場のアドバイザー。

職人さん。

自分より若い人。

自分より立場の弱い人。

そういう人たちも含めて、普段から普通に接する。

困っていれば助ける。

助けてもらったら感謝する。

私は、

「営業マンは、すべての人に対して目配りをした方がいい」

と思っています。

なぜなら、どこから仕事につながるか分からないからです。

以前、住宅展示場にいた女性のアドバイザーさんから、お客様をご紹介いただいたことがあります。

特別に派手な営業活動をしたわけではありません。

普段から普通に話をして、関係を作っていただけです。

ところがあるとき、その方のお知り合いの住宅計画について、

「この人なら安心して紹介できる」

と思っていただけた。

営業マンにとって、

好かれること、信頼されること自体が案件獲得力になる

ことがあります。

もちろん、

「人に好かれれば仕事を紹介してもらえるから親切にしよう」

という打算だけでは、たぶん長続きしません。

でも、普段の人との接し方が、何年か後に仕事として返ってくることはあります。

営業というのは、お客様の前に座った瞬間から始まるものではない。

私はそう思っています。

強い人の真似をすれば、強くなれるわけではない

営業会社にいると、トップセールスマンが注目されます。

当然です。

私自身、若い頃、トップセールスマンを見て、

「すごいな」

と思ったことが何度もあります。

何百人も集まる全体会議でトップセールスマンが前に立つ。

それだけでオーラがある。

若かった私は、

「売れる営業マンって、やっぱり違うんだな」

と思いました。

ただ、ここで気をつけなければならないことがあります。

トップセールスマンのやり方を、そのまま自分が真似すれば売れるとは限らない。

ということです。

その人には、その人のキャラクターがあります。

圧倒的な話術があるのかもしれない。

強烈な押しがあるのかもしれない。

人懐っこさがあるのかもしれない。

長年積み上げた人脈があるのかもしれない。

会社の看板を最大限利用するのがうまいのかもしれない。

それを全部取り除いて、

「トップセールスがこう言っているから、あなたも同じことをやりなさい」

では、うまくいかないことがあります。

私はむしろ、

「この人はなぜ、このやり方で勝てるのだろう」

と考えた方がいいと思っています。

表面的なテクニックではなく、その人が持っている強みを見る。

そして、自分には何があるのかを考える。

これが大事です。

私は「本物の技術営業」で勝負しようと思った

私自身にも、圧倒的な弱点はたくさんあります。

一方で、住宅営業をしていた頃、他の営業マンと比較して明確に強いものがありました。

技術です。

私は営業になる前に、ハウスメーカーで現場監督を経験しました。

設計も経験しました。

リフォーム会社でも仕事をしました。

管理職も経験しました。

ですから、お客様から技術的な質問をされても、営業トークだけでごまかす必要がありませんでした。

図面の話もできる。

施工の話もできる。

現場の話もできる。

見積の話もできる。

必要なら検査機関との話もできる。

住宅会社では「セールスエンジニア」「技術営業」という言葉がありますが、私は、

だったら本当の意味での技術営業として戦おう

と考えました。

営業トークだけで圧倒的な人と、営業トークだけで勝負する必要はない。

人脈で圧倒的な人と、人脈だけで勝負する必要もない。

自分には、

「住宅の技術を知っていて、それを普通の人にも分かるように話せる」

という武器がある。

だったら、そこを伸ばせばいい。

まさに、

20点を50点にするより、90点を100点にする

という考え方です。

契約数が多ければ「勝ち」なのか?

もう一つ、私が営業時代から疑問に思っていたことがあります。

営業会社では、

「何件契約したか」

が非常に分かりやすい数字です。

でも私は、

契約を取ることが営業のゴールではない

と思っています。

住宅は、契約して終わりではありません。

契約後に設計を詰める。

工事をする。

追加変更が発生する。

問題が起きる。

引き渡す。

その間に利益がどんどん減っていくこともあります。

無理な値引きをして契約を取る。

契約後に追加費用を取ろうとする。

お客様と揉める。

現場も疲弊する。

営業マン本人も対応に追われる。

それで契約件数だけ多くても、本当に「強い営業」なのでしょうか。

私は違うと思っています。

私が重視していたのは、

最後にどれだけきちんと粗利を残せたか。

そして、

そのために自分の時間をどれだけ使ったか。

です。

営業には、

「契約を取れば勝ち」

という単純なゲームとは違う側面があります。

契約確率。

契約金額。

粗利。

競合状況。

投入する時間。

投入する労力。

将来の紹介。

自分自身の経験になるか。

私は無意識のうちに、こうしたものを全部見ながら案件を考えるようになっていました。

今の言葉で整理するなら、

「成約確率 × リターン × 投下する時間と労力」

を考えていたのだと思います。

弱者に必要なのは「全部頑張ること」ではない

若い頃の私は、決して最初から何でもできたわけではありません。

むしろ、できないことはたくさんありました。

仕事で苦労したこともあります。

人間関係で悩んだこともあります。

理不尽な上司や先輩に当たったこともあります。

それでも30年以上この業界で仕事を続けてこられた理由の一つは、

全部の土俵で勝とうとしなかったから

だと思っています。

自分は何が得意なのか。

どんなお客様と相性がいいのか。

どんな仕事なら力を発揮できるのか。

誰と組めば自分の弱点を補えるのか。

どの案件に時間を使うべきなのか。

逆に、どの案件からは撤退した方がいいのか。

それを考える。

これは逃げではありません。

私はむしろ、

限られた時間と能力を、勝てるところへ集中する戦略

だと思っています。

「頑張る場所」を間違えない

私は努力を否定するつもりはありません。

むしろ、仕事で結果を出すためには、ある程度の努力は必要です。

でも、

努力の量だけで勝負するのは危険です。

自分より経験がある。

自分より資金がある。

自分より人脈がある。

自分より会社の看板が強い。

自分より人数が多い。

そんな相手と、まったく同じ場所で、まったく同じ方法で戦ったらどうなるでしょう。

普通に考えれば、強い方が有利です。

だったら、

同じ戦い方をしなければいい。

大企業と同じ広告費を使えないなら、広告費で戦わない。

トップセールスマンと同じ話術がないなら、話術だけで戦わない。

案件数が少ないなら、まず案件を増やす方法を考える。

技術に強いなら、技術を武器にする。

人に好かれるなら、人とのつながりを武器にする。

特定の分野に詳しいなら、そこへ集中する。

私はこれが、

弱者の営業戦略

だと思っています。

弱者だから、諦めるのではありません。

弱者だから、強者の真似をするのでもありません。

弱者だからこそ、自分が勝てる場所を探す。

そして、そこに力を集中する。

営業で大切なのは、

「どれだけ頑張ったか」

だけではありません。

どこで頑張ったか。

私は30年以上仕事をしてきて、こちらの方がずっと重要だと思うようになりました。

もし今、

「頑張っているのに結果が出ない」

と感じている人がいたら、一度だけ考えてみてください。

努力が足りないのではなく、

頑張る場所を間違えていないか。

自分の20点を必死に50点へ上げようとしていないか。

本当はすでに持っている90点の武器を、放置していないか。

そしてもう一つ。

目の前の一件を必死に追いかける前に、

自分に「良質な打席」が集まる仕組みを作れているか。

営業成績は、打率だけでは決まりません。

打席数だけでも決まりません。

私なら、

案件数 × 案件の質 × 選別力 × 成約力

で考えます。

そして、そのすべてを一度に100点にする必要もありません。

自分が勝てるところから、伸ばしていけばいい。

私は、

強者になることより、弱者のままでも勝てる方法を知っている人の方が強い。

そう思っています。